帝国の南方より迫る黒王ガリアスが軍勢2万は破竹の勢いで帝国諸侯の軍勢を平らげ、帝都への道程に5つの街を焼き払い、無数の村々を廃墟に変えていた。その勢いはとどまる所を知らず、先の南方諸侯の一大反抗を退けて、帝都最後の防衛線であるハイゼ辺境伯領にまで戦火が及びつつあった。
彼我の戦力差を重く見た辺境伯は息子であるエミールに一隊を預け遅滞作戦を命じ、自らは中央貴族と皇帝にかけあって迎撃の軍勢を召集にかかる。しかしその命令は、目の前で焼かれ、背中を裂かれる民衆を助けてはならぬという指示でもあった。若い彼は父の命を無視し、手勢500を率いて黒王が先鋒、ダレス将軍2000に戦いを挑む……。
時は新皇帝暦324年 4月7日 ――ファンダルシア平原の戦い。
「ベルガー、敵の布陣はどうだ。」
エミールは馬上の人となって、小高い丘から敵陣に鋭い視線を走らせ傍らの騎士に尋ねた。空はどんよりとした曇り空、地には悲鳴と逃げ惑う民衆の血、背中を切り裂かれた夫人が目に入って耐えるように両目をつぶる。そんな主君を慮ってか、あるいは「高貴なる義務」に突き動かされてか、ベルガーをはじめとする騎士500と1名は、王より預かった軍勢1500から離反してエミールの進撃に付き従ったのである。
「…はっ、敵はわれ等が民の略奪のために広範囲に分散しております。されどダーレスの周囲から次第に統制を取り戻しつつあるとの物見の報告です。」
「フン!――…さすがは猛将ダレスというわけだな。」
猛々しく鼻を鳴らし、頑強な顎を噛み締めて眼前を見やる。黒煙を上げて燃え盛る村、煙の端々に残酷な笑みを浮かべて円月刀を手に走る人型魔族兵らが見える。一方で奥の斜面ではダレスとガーゴイル型の近衛が実力行使で魔族兵らを統制しつつあった。…これ以上の時間を与えれば、数で不利な我々に勝機はない、今は決断の時だ。もとより父命に逆らったときから覚悟はできている。
「これより強襲する、これより強襲して奴らのバシネットを軍馬の蹄鉄で踏みにじる。」
「はっ、われら騎士団。常に闘争準備は万端です。」
「……結構だ。大いに結構、これより遮二無に突撃する。ベルガー隊は右翼!サリアス隊は左翼に付け! ゾーレン、貴様には俺の背後を任せる、中央だ。――俺が先鋒を率いる、我こそはと思うものは俺に続けぃ!!」
『
オォォオオォォオッ!!』
「この国の民も、土も、家々も。みんな全部”俺の物だ”――…いや、まだ"その予定”だな。」
"
ハハハハ!”戦いに滾る目が一斉に笑った。みな続く血の惨劇に心躍らせている。
「…だが見ろ、眼下に見えるあの汚らしいバシネットを身につけ、もっと醜い顔面を隠した悪鬼どもは我らの国土を、民を蹂躙している。――…どうやらママに人の物をとってはいけません、と教わらなかったようだな?」
("教育が悪いっすね” "あぁ、悪い子だ” "こいつぁきついお仕置きが必要だなぁ”)
若い騎士らは調子良く口々に罵り、老いた騎士は静かに戦意を研ぎ澄ませ、精悍な微笑をもって若い主君を見守っている。そう、彼らはみな避けられぬ戦いの運命の中で、せめてそれを楽しむ術を心得ている。そんな彼らを見て、エミールは心から楽しげに笑った。
「よし、それじゃあ行くとしよう。我ら500と2名で倍以上の敵を蹴散らさん……なぁに、小汚いオークなど軍馬の敵ではないさ。 …死ぬな、とは言わん。"戦おう” 俺たちに必要なのはそれだけだ。」
「ハハハ!まったく救いがたい生き物ですな我々は。」
「ふん…、そんなことは母上の股座から生まれた瞬間に決まったことだ。俺たちは生まれた瞬間、災厄そのものになる運命を持つ。…ならばせいぜい有益な災厄になろうじゃないか!船乗りにとっては恵みの風に、魔物に対しては水底に誘う嵐のようにな……無駄話が過ぎた――行くぞ。」
猛々しい戦意は幾分か落ち着いて、みな内に静かな殺意を秘めて馬上の人となる。慣れ親しんだ愛馬を歩かせて、背に下げた丸盾を腕にかける。剣を抜く、槍を構える。武器を、身にまとった鎖よろいを金属音でカチャカチャ鳴らしながらゆっくりと丘を下るのだ。 静かに互いの位置を入れ替えて隊列を組み、程なく500の騎士が一矢乱れぬ見事な紡錘陣形をとって斜面に佇む。
(ギー!ギー!)
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