火の月 12日 16:00
シンディック駐留騎士団 ショーテル連隊連隊長執務室――
騎士団の駐屯するヴァルセア城、無骨だが勇壮な石造りの城は夕日を浴びて茜色に染まっていた。
四角の小さな窓から漏れる朱を半身に浴びながら、ショーテル連隊長バルクレアは髪を刈り込んだ厳つい顔の眉間に皺を寄せ、執務机の上で両手を組む。
「……ロウ中隊長、貴公は上官に対する敬意をもってはおらんのかね?」
鋭い眼光の先には、崩した立ち姿で佇む青年の姿。
上の物を敬う心を知らぬ不遜なこの若者は、上官に呼び出されるなり敬礼をなおざりにし、眠そうな顔で窓の外の明かりを見て目をあわせようともしない。
声をかけられると青年は、ようやくゆっくりと姿勢を治して二重の大きな瞳に微笑みを上らせる。
「まさか、そんな恐れ多い。連隊長閣下の溢れるんばかりのご威光は、小官には些かまぶしすぎたのでございます。」
役者のような口調。慇懃無礼の見本のようなお辞儀をしてみせる。
口元には楽しげな笑み、対するバルクレアは頭痛を覚えて目頭を指で抑えると、頭を振って本題に移ることにした。……こいつに構っていると文字通り日が暮れる。
「ロウ中隊長、貴公はクリン砦の盗賊団の噂を耳にしたことはあるかね?」
「おぉ、不遜にも本国との連絡線であるクリン砦を陥落せしめ、以後そこを中心に我が軍の輜重隊に襲い掛かる連中ですな。」とセドリック。
「……しかし、小官の記憶ではクリン砦の陥落は3月も前のこと。叛徒どもの首が未だ繋がり、活動しているとは思いませんでしたがな。」
皮肉っぽい口調、だが部下の尤もな指摘にバルクレアは顔を顰めた。
騎士団の上層部も領主の役人どもも、戦争活動における補給の重要性にまるで気づいていない。
部下の言葉に頷きつつ、苦々しい思いで言葉を続ける。
「評議会の決定だ。後方の小規模な賊徒などよりも前線の異民族に勢力を向けるべし、とな。しかしこのまま賊徒の暴挙を許しておけば、前線の物資欠乏はますます増えるばかりであろう。」
机の前で手を組み、鋭い眼光でにらみつける。
「これ以上は断じて許さん。再三の上申の結果、我が連隊から一個中隊のみ出撃を許された。志願制を取ろうと思う、貴公はどうするかね。」
上司の鋭い眼光をグリーンの瞳で受け止めながら考える。
ようするに”俺たちは忙しい、お前のとこに適当な連中がいただろう、アイツらにやらせろ”という事だろう。いやはやまったく、人気者は何時の世も苦労するものだ。
不遜な笑みを上らせると、自信たっぷりに口を開いて、
「盗賊退治の任務、われ等ロウ中隊が謹んで志願いたします。」
慇懃無礼な一礼、つむじを見せながら、上司が不快そうにみじろきするのを感じた。
「……、志願大儀である。 仔細は追って知らせる、貴公は部下と打ち合わせるが良かろう。任務の期限は1週間、それまでにクリン城をわれらが手に取り戻せ。退出してよろしい。」
ゆっくりと礼を解き、顔を上げれば上司の難しい顔が目に入る。
中間管理職の苦労が目の下の隈や、無骨な顔のあちこちに刻まれた皺によって現れている。
少々気の毒に思い、セドリックは純粋に力強い笑みを浮かべて、
「われ等が向かうからには、閣下にはお心安んじてお過ごしくださりますよう。 それではこれにて。」
あきれ返る様な深いため息を受けながら、廊下を歩いて茜色に染まった中庭を眺めつつ連隊長執務室を後にするのだった。
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