「――と、いうわけでェ。」
日が西の山々に沈み、ヴァルセア城にも夜の帳が下りた頃、ロウ中隊の溜まり場である誇りっぽい倉庫には、今日も悪たれ、洟垂れ、「ヒャハハハ!」 ……破壊狂、と個性豊かなゴツイ面々が集っていた。中隊長であるセドリックは積み上げられた木箱のてっぺんに仁王立ちし、自身満面の笑みで仲間たちに告げる。
「盗賊退治が任務。われ等が引き受けることにした。 クリン城を落とすのは俺たちだ、さて異議のある者は?」
「ありませーん」「ないっす、あー早くあばれてェェ!」「連中たんまり溜め込んでるんでしょう? 俺たちで分捕っていいんすよねぇ。 うはぁ、助かるわ。今月バクチですっちまってよぉ。」「俺は女だな、シアリーちゃんに貢ぎまくって金ねーんだわ。」「おいシアリーちゃんは俺のだっつの、手ェだすな。」「いいや彼女は俺に笑ったね」「いや、俺」「俺……」
セドリックは好き勝手にさえずり出す面々に、自信たっぷりの笑みで「おぅ、お前には一番槍をやってもらおう。」「ハーッハッハ馬鹿だなお前ら、金目のもん全部取ってったらバレるだろうが。お上の献上用はちゃんと残しておけよ?」「ガハハ!かわいいもんなぁあの娘。くれぐれも泣かすなよ野郎ども。」などと頷きを返しながら、ふんぞりかえって笑っている。
そんな非常識な状況で、一人だけ常識的な反論をする者が居た。
騎士甲冑を隙なく纏ったいかにも真面目そうな年かさの青年は、好き勝手な姿勢で管を巻く面々とは異なり、一人だけ定位置である席に腰掛けていた。
「ちょ、ちょっと待ってください隊長! 城を落とすってどうして……、200人程度でどうやって城を落とすっていうんですか! 少しは真面目に考えましょうよ死にますよ!?」
シーン……、彼の声を受けて一斉にあたりは静まり返り、面々の目という目が発言者に集中する。「え、え、私が何かマズイことを言ったのか?」とうろたえる青年に、同情を込めてセドリックが肩を叩く。
「馬鹿だな、我が友ジョセフよ。」
「――へ!?」
「お前、何ヶ月俺たちと一緒に戦ってきたと思うんだ? ふん、盗賊どもはたかだか500。俺たち200、よし、勝った。」
盛大にずっこける。
この人は数の計算ができていないのか……。そもそも、確かにこの隊は規格外に暴れまわって寡兵で大群を圧倒することもままあった。しかしその都度犠牲者は出たし、なにより平野の戦いと攻城戦では訳が違う。攻城戦では3倍の兵力が必要なのだ、それを3分の1の戦力でどうやって落とすというのか……。もしかして何か秘策があるのか?
「……何か策がおありなのですか?」
そう思い見上げると、そこには自信満々の顔。
「そんなものは、」
「そんなものは?」
『――”ないッ!”』
隊長に合わせて面々が声をそろえ、そして陽気にガハハと笑い出す。
再びガヤガヤと騒ぎ始めた面々の中で、セドリックはジョセフに肩を回すと笑いながら周囲にはき超えないように口を開く。
「なぁに、”強制”される前に、こちらから申し出てやったまでよ。命令されれば手段は選べんが、志願して裁量を認めさせれば”手段”は選べる。 お前には安心しろとは言わん。手を貸してくれ、なんとしてでも勝算を増やしたい。」
神妙な内容に驚いて見上げれば、表情は相変わらずふざけた笑み。
「連中だって判っているのさ。俺たちの立場は決して強くない、嫌われ者の寄り合い所帯よ。けどな、誰だって死にたくない。あのぶっ壊れたセジャンの破壊魔でさえ死にたくはない。 だが嘆いたところで現実は変わらん、あの手この手、狡い手を使わにゃぁな。」
ニっと笑ってポンと肩を叩くセドリックに、ジョセフは生真面目な表情でまっすぐに頷き返した。
「全力を尽くします、中隊長。」
生真面目な返答に「たはは」と笑って、けれど嬉しそうにボンボン肩を叩く。
「あぁ、期待しているぞ副隊長。 まぁなんだ、やるだけやったら後は笑え、な? 無理にとは言わんが、楽しいから笑うんじゃあない。笑うから楽しいのさ。」
よくわからないことを言うと、んじゃ、と手を立てて再び箱の上に仁王立つ。
「やろうどもー! 出発は明日の”昼”だ、今日のうちにかわいいあの娘と仲良くしておけ。以上、解散ッ!」
おう!と図太い返答があがって、面々はガヤガヤと集会所を後にしていく。
そんな彼らの背を眺めるセドリックの目が、口元は笑いながらも憂いに揺れているような気がしてジョゼフは一人残り、問うような視線を向ける。
視線に気づいたセドリックは”おや”という顔をすると「まだいたのか」と笑いながら壇から降りて。
「んじゃ、仕事よろしく。」
唖然としているジョゼフの肩を叩き、あいている方の手でゆるくデスクを、書類で山積みのデスクを指差し、ひらひらと手を振りながら集会場を後にする上司を見て、ジョセフは不思議にも、その日初めて口元に笑みが昇るのを感じた。 ――せいぜい綺麗な字で書いてやろう、仕事をサボって部下にやらせたと判るように。
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