「…、……俺の屋敷よりでかいな。」
目の前に広がる邸宅を見上げて思わずつぶやくのはこの領地の主の息子エミール。
自分の館が数百年前の質素なつくりであるのに対し、この大商人の邸宅は当世風の壮麗な装飾がこれでもかと尽くされていて……。
「――、ふん!」
脳内に浮かんだ”うらやましい”の6文字をフン!の一言で一蹴すれば、大股に門へと歩み寄り通用門を蹴飛ばした。その衝撃に慌ててよって来る警備兵、続けてくるメイド。
「グイードに伝えるがいい。"キサマの友人が尋ねてやったからありがたく顔を出せ、儲け話だ。そのデカイ腹をしまって早くしろ” 伝言は以上だ。」
話に聞いていた領主の息子は勇猛果敢にして”粗野”と専らの噂だったが、どうやらそれは真実だったらしい。
いきなりやってきたかと思えば、一方的に伝言を押し付け更にはその内容が己が主の侮辱ときている。
警備兵は通常なら無礼な闖入者に槍を突きつけ追い返すところであるのに、相手が高貴の人とあって手出しもできずに顔を赤くしたり青くしたり忙しい。
傍らの幼いメイドはまだ田舎から奉公に上がったばかりなのだろう。突然現れた非常識な人物の非常識な伝言に、哀れにも泣き出しそうな様子でうろたえている。
それにようやく気づいたか、エミール青年はそのはっきりしすぎる顔にいささかの後悔を浮かべ、「オ、ホン。」誤魔化すような咳払いと共に気合で微笑みを浮かべる。
数歩歩み寄れば威圧感に満ちた高身長の鎧姿の膝を曲げて和らげようと努力し、
「驚かせてすまない。私とここの主は…友人なのだ。」
"主は…”の微妙な間は彼の心理を表しているだろう。
この館の主に対する個人的な憤りを飲み込みながら極力優しく語りかけ、そっと頭をなでる。
「ひゃ、ひゃい!少々お待ちくださいっ!」
奉公にあがって以来、厳しい言葉でしかられてばかりだった少女は不意打ちとも言える優しい言動(エミール青年の無骨な姿と相まって2重の不意打ちである。)に慌てて踵を返せば館に引き返していった。
警備兵が最敬礼をして見守る中、彼は玄関先に現れた他のメイドに案内され迎賓室へと通される。
やたらと柔らかいソファーに眉根を寄せて、出された酒を煽って待つ。
しばしすればようやく館の主が姿をあらわした。
「いやぁ!エミール殿おん自ら我が館へご足労くださるとは光栄のきわみ!」
「そう思うならもっと早く来い。…運動が足らんのじゃないか?」
「ハハハ、これは失礼。今日も海の向こうとの取引がありましてな、いやぁ忙しい忙しい。」
忙しいとは商人にとって自慢とも言える。増してそれが”海の向こう”の客とあってはなお更だ。
「…フン。せいぜい肥えすぎには気をつけることだな。 はっきり言って今日は時間がない、お前に仕事だ。聞け。」
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