ベルガーの豪族エルハルト、周辺の貴族、騎士を従えて帝国に反旗を翻す。
その後ろ盾となったのは帝国の南方に位置する暗き森、その住民の王クヴァリエス。
人とは異なる創造主を持ち、人を憎む者らを魔物という。
その王たるクヴァリエスの甘言に、野心高きエルハルトが唆された結果だった。
偉大なる創国皇帝アントニウスは老体を病に蝕まれ床にあり。
若き太子ツェーザルが父に代わって奸臣エルハルト及び魔王の迎撃の軍を挙げる。
両者の軍は帝都よりほど近い南東の要衝、イル・フェルミナにて対峙。
若き太子の軍は身を凍てつかせる魔王の瘴気にも怯まず果敢に立ち向かうも衆寡適さず敗北を余儀なくされる。
帝国南部のミリタリーバランスは一転し。皇帝の光が届かなくなったその地は魔王と奸臣による酷政が始まろうとしていた。
イル・フェルミナ会戦より3ヵ月後 水の月 5日
帝国南部の領地 ハイゼ辺境伯領 国境の砦。
木造の要塞。底冷えする秋の長雨を受けながら、わずかばかりの灯篭を頼りに階段を副官が駆け上がる。
「エミール様っ! 皇子殿下が軍勢、イル・フェルミナの地にて敗北とのこと!」
「馬鹿な…、――父上は、父上はご無事なのだろうな!?」
「そ。それが……、生き残った近衛の者によりますと、殿下をお逃がしになるため、自ら最後まで踏みとどまり魔物と切り結んでいらっしゃったと…。」
「あぁ…、なんという事だ。――わかった。ならば当面は私が指揮を執らねばならぬな。」
「…エミール様。」
「そのような顔をするなエリノア。せっかくの可愛らしい顔が台無しではないか。」
「エミール様っ!」
「はっは。そう、それでよい。俺が怠けそうになったら君が叱り付けてくれる。だから俺は安心して戦えるというわけだ。」
「…。あなた様はお強いですね。」
「なに、君ほどじゃない。 …とはいえ、強くならねばならんな。これからの我が領内を思えば。」
「……はい。殿下の敗北によって、叛徒どものこの地への圧力は一層高まることでしょう。」
「うむ。まずは南方の領地の村々へ赴こう。奴らの略奪が始まる前に軍勢を率い、防衛の手立てを講じねば。」
「南方でしたら、エーリカ様のご領地でございますね。」
「あぁ、あいつも元気にしていればいいがな。…いや、逆か。あのおてんば娘、オークどもに切りかかっていなければいいがな。」
「ふふ…武勇名高きあの方ならば、オークなどに遅れをとることはないと思いますよ?」
「まぁそうだな。むしろ襲い掛かられたオークのほうが気の毒というものだ。――とはいえ数も多くなる、いや、すでに多くなっているかもしれん。そうなれば流石のお転婆も苦しかろう。今すぐ軍勢を呼集。明日朝までに集められるだけで良い。すぐに南方に向けて出発する。」
「わかりました。将軍への連絡、兵の呼集手続き等はお任せください。」
「あぁ、任せた。――さて、早速だが出かけてくる。」
「お出かけですか…どちらまで。」
尋ねつつさりげなくコートを羽織らせる。
「ありがとう。 いやなに、商業区にな。 あの薄らデブと交渉してこなきゃいかん。」
「薄ら……グイード様…。兵站のことでしょうか。」
「あぁ。軍の兵站部がまるでアテにならんことがこの前わかったからな。アイツなら金の為だ、絶対に遅刻したり数が足りなかったりはせんだろう。…稼ぐ機会を逃すほど無欲じゃない。」
「ですが、その分費用は兵站部の比ではありません。 それだけの余裕が国庫にあるとは…。」
「全部は無理だな。」
「では!」
「だが、やつにはリスク分散の為にも分割で運んできてもらう。そうすれば平時の税収でもなんとかまかなえるし、それにだ。」
「…?」
「前線では敵の武具、身柄。まぁいろんなものが手に入る。逆にこっちは食料、武器、消耗品と山ほどの入用なものがある。人がいるところに需要はある、兵どもの娯楽や女だって必要だ。」
「はぁ…確かに退屈を覚えた兵ほど性質のわるいものはございませんが。」
「そいつら相手に専売的に商売することを許可する。 その上で戦利品、奴隷の売買も請け負わせてやれば、それで十分な報酬になると思うがね。」
「なるほど…道中の護衛も兼ねれば十分に通りましょう。」
「そういうわけだな。とはいえ強欲が服着て歩いてるような奴だからな。どれだけふっかけられることやら…。」
「ふふ、国庫からは規定の額以上は出しませんからね。」
「ふん…、足りなきゃせいぜい俺のサイフをカラッケツにするがいいさ。――それでは、いってくる。」
「いってらっしゃいませ。」
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